浄土真宗の法義において、此土では現生正定聚の益を得、彼土では滅度の益を得ると説かれている。したがって、此土の益と彼土の益と は明確に区別されるので、此土では一分たりとも滅度の利益を得ることはないということを明らかにする。
『仏説無量寿経(大経)』の第十一願文には、
「たとひわれ仏を得たらんに、国の中の人天、定聚に住し、かならず滅度に至らずば、正覚を取らじ」(『真聖全』一 ・九)とあり、第十一願成就文には、
「それ衆生ありて、かの国に生ずれば、みなことごとく正定の聚に住す。ゆゑはいかん。かの仏国のなかにはもろもろの邪聚および不定聚なければなり」(『真聖全』一・二四)とある。また、『教行信証』「証文類」の大証釈には、
「しかるに煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萌、往相回向の心行を獲れば、即の時に大乗正定聚の数に入るなり。正定聚に住するがゆゑに、かならず滅度に至る」(『真聖全』二・一〇三、『聖典全書』二・一三三)とある。
「正定滅度」の「正定」は、願文上では「定聚」であり、「正定」の語は『御文章』(一帖目第四通)(『真聖全』三・四〇七)に拠る。定聚及び正定は、正定聚の略であり、不退の意、必定の意をあらわす。したがって、正定とは、必ず往生・成仏することが決定している聚類を意味し、邪定聚及び不定聚に簡ぶ呼称である。
また、滅度とは、煩悩を滅して生死海を渡るという意であり、仏果を得るということをあらわす。
『大経』の第十一願文では、得生のものは正定聚に住して、必ず滅度に至るという意であり、成就文では、得生のものは正定聚に住する
と述べて、滅度については示されていない。したがって、滅度も正定聚も彼土の益と窺われる。
ところが、宗祖は、第十八願において、悲智円具の名号を聞信する時、仏因円満すると誓われているから、現生正定聚とされる。それは、『如来会』の第十一願成就文の意を受けて、邪定聚・不定聚は、不可得生の此土の聚類であることから、正定聚についても此土の聚類であると看取されているのである。また、「易行品」には、阿弥陀仏の本願について、「もし人われを念じ名を称してみづから帰すれば、すなはち必定に入りて阿耨多羅三貌三菩提を得」(『真聖全』一・二五九)と示し、「仏の無量力功徳を念ずれば、即の時に必定に入る」(『真聖全』一・二六〇)として、信方便易行の現生不退を説いていることから、この意を受けて、信心を得ると同時に、仏果に至る身と定まるので、正定聚は現生の益であることが明らかとなる。
宗祖の聖教から窺うと、「信文類」の信一念釈には、本願成就文を釈して、「金剛の真心を獲得すれば、横に五趣八難の道を超へ、かならず現生に十種の益を獲」(『真聖全』二・七二、『聖典全書』二・九四)とあり、先に当益を示して、後に現益をあげられている。また、追釈においても、横超断四流釈において滅度の益を示し、次いで、真仏弟子釈を展開される。これらは、浄土真宗における得益が、彼土の証果を本とし、此上では当果決定する正定聚に住することであると窺う。同様に、『一念多念文意』の第十一願及び成就文の釈には、第十一願の中心は必至滅度であることを明らかにするために、「定聚にも住して」(『真聖全』二・六〇六、『聖典全書』二・六六三)とあり、正定聚は現生の益であることを明らかにするために、「かのくににむまれむとするものは」(『真聖全』二・六〇六、『聖典全書』二・六六四)とある。
また、現生正定聚について、『大経』に「次如弥勒」(『真聖全』一 ・四四)とある意を承け、真仏弟子釈には便同弥勒釈を施し、『御
消息』その他には、「弥勒におなじ」「如来とひとし」「諸仏とひとし」等と示される。これらは、他力信心のものは、此土において不退の位
に定まり、得生後に仏果を得るということをあらわしている。そして、仏果を得るという当益については、「臨終一念の夕べ、大般涅槃を超
証す」(『真聖全』二・七九、『聖典全書』二・一〇三)とあるように、命終と同時の事態であると示されている。
したがって、正定聚とは、「証文類」大証釈に、「しかるに煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萌、往相回向の心行を獲れば、即の時に大乗正定聚の数に入るなり。正定聚に住するがゆゑに、かならず滅度に至る」とあるように、聞信の一念に摂取の光益を蒙り、名号大行が衆生心中に領受されて仏因円満するから、得生後に仏果を証得するということであって、此土における果徳顕現ということでは決してない。
また、『大経』の第十一願文及び成就文上では、彼土正定聚であり、『往生論註(論註)』の妙声功徳釈には、「剋念して生ぜむと願ずれば、亦往生を得て、則ち正定聚に入ると」(『原典版』七祖篇、一三五)とあり、『一念多念文意』にも、「またすでに往生をえたるひとも、すなわち正定聚にいるなり」(『真聖全』二・六〇七、『聖典全書』二・六六五)とある。これらは、究竟仏果を得た後の、因相示現の果後の広門相を顕したものである。すなわち、彼土正定聚は、正定即滅度であるから、従果降因の示現相ということである。